山本 賢一、岡田 随象 ≪遺伝統計学≫ 日本人集団に特徴的な同類交配の遺伝的影響を発見 ~パートナーの類似性によって次世代に現れる特定の形質~
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2022年9月23日
掲載誌 Nature Human Behavior
図1. 大規模ゲノム情報を用いた日本人集団における同類交配の影響の評価
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研究成果のポイント
- 日本人集団の大規模ゲノムコホートを用いてパートナー間の類似性(同類交配※1)がもたらす遺伝的影響を81形質※2に対し網羅的に探索した
- 糖尿病や心血管疾患、運動習慣や食生活習慣において同類交配の遺伝的影響が存在することを解明した
- パートナー形成と身体的特徴や健康との関連の解明や健康増進への応用が期待される
概要
大阪大学大学院医学系研究科の山本賢一助教、岡田随象教授(遺伝統計学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)らの研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鎌谷洋一郎教授らと共同でバイオバンク・ジャパン※3に集積された日本人集団のゲノム情報を用いて、身体的特徴の類似性に基づくパートナー形成(同類交配)が次世代へ与える遺伝的な影響を明らかにしました。
これまで集団遺伝学※4における同類交配の研究は大規模なパートナーのゲノム情報の必要性や、対象集団における集団構造化※5の問題から、欧米人集団以外での研究は進んでいませんでした。
今回、研究グループは、最近開発された集団構造化を考慮した染色体間のポリジェニックスコア※6の相関※7を用いる新規手法(Yengo L. et al. Nat Hum Behav. 2018)を、バイオバンク・ジャパンを中心とした日本人集団17万人のゲノム情報に適用し、日本人集団における同類交配の遺伝的な影響を網羅的に探索しました(図1)。81形質を対象に解析した結果、2型糖尿病、心血管疾患、軽い運動習慣、食生活習慣において親世代の同類交配の影響が存在することを解明しました。さらに、欧米人集団の代表的なコホートであるUKバイオバンク※8に適用した結果と比較することで、例えば身長は、欧米人集団では同類交配の影響が強いが、日本人集団では欧米人ほど強くないことが判明し、同類交配の影響は集団によって異なることを明らかにしました。
今回の研究により、パートナー形成が及ぼす次世代への身体的特徴や健康への影響の解明や健康増進への応用が期待されます。
研究の背景
同類交配は、身体的特徴などの類似した形質を持つ個体同士がパートナーを形成する現象のことで、動物等においては生存に適した遺伝情報を次世代に残す生物学上重要な現象と考えられています。ヒトにおいてもパートナー形成は完全にランダムな現象ではなく、同類交配が存在すると考えられ、身体的特徴などを対象に、古くから研究がなされてきました。集団遺伝学においては、同類交配により、身体的特徴や能力に関連した遺伝子多型のホモ接合体※9の増加や、集団における対象形質の分散※10の増加が生じると考えられ、欧米人集団を中心に集団遺伝学的研究が実施され、身長、飲酒習慣などで同類交配が存在することが知られてきました。日本人集団においては、観察研究※11からパートナー間の類似性は調べられてきましたが、同類交配によるものか、経時的な収束によるものかわかっていませんでした。また、対象となる形質が限定的であり、多くの形質にまたがる網羅的な評価もなされていませんでした。さらに同類交配の影響を調べるためにはバイオバンク規模の多数のパートナーのゲノム情報や表現型の情報が必要であるという課題があり、欧米人集団以外での集団での研究は進んでいませんでした。
研究の内容
今回、研究グループでは、同類交配の存在下では、形質と関連がある遺伝子バリアントの集団中の分布が染色体を超えて相関するという仮定のもと親世代の同類交配の影響を評価できる遺伝統計手法に着目しました(Yengo L. et al. Nat Hum Behav. 2018)。この手法は、異なる染色体間のポリジェニックスコアの相関を計算することでパートナー情報を用いずに、親世代の同類交配の影響を評価でき、さらに同類交配の際に問題となる集団構造化の影響を補正することが可能である点で画期的な手法です。本手法は、欧米人集団のみでしか評価されていなかったため、バイオバンク・ジャパンを中心した約17万人の日本人集団のゲノム情報に適用し、主成分分析※12の結果を集団構造化の影響の補正として加えた上で、81形質に対し、親世代の同類交配の影響の有無を評価しました。その結果、日本人集団において、糖尿病や心血管疾患といった疾患、軽い運動習慣、食生活習慣が、統計的に有意に、同類交配の影響を受けていることが判明しました。これは、観察研究で報告されていた糖尿病や心血管疾患のパートナー間の類似性が経時変化ではなく、同類交配によることの裏付けとなりました。食生活習慣は適応進化※13との関連も報告されており、人の進化における複雑な関係が示されました。一方で飲酒や喫煙といったパートナー間の類似性の存在が報告されている形質においては今回の研究では同類交配の影響は認めず、今後のさらなる検討が望まれます。
さらに、欧米人集団のバイオバンクであるUKバイオバンクのゲノム情報と比較することで、欧米人集団では同類交配の影響が強いと報告されている身長においては、日本人集団ではそこまで影響が強くなく、また日本人集団で強い影響を認めた形質は欧米人集団では影響は強くないことが判明しました。同類交配には集団間で異なる可能性が示唆されました。
一方で、食生活習慣は日本国内においても地域によって異なることが知られており、同類交配の遺伝的背景への地域性の影響のさらなる検討が望まれます。
図2. 本研究の結果
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、パートナーの類似性における同類交配の影響が、集団によって異なることが解明されたことで、今後さらに多様な集団での解析が加速し、健康増進に寄与することが期待されます。
研究者のコメント
<山本 賢一助教のコメント>
パートナーは類似した点を持つということは多くの人が納得する話だと思いますが、どのような形質で類似性が存在するかまでは遺伝的裏付けを持ってまではわかっていませんでした。このようなテーマに取り組むことができ、食生活習慣などに同類交配の遺伝的背景を認めることができ、非常に興味深いと思っています。本研究は、ゲノム・表現型情報を提供していただいた方々、解析をご指導いただいた方々の多大なご協力のおかげで完成しました。本研究にご協力いただいた全ての方に感謝を申し上げます。
用語説明
※1 同類交配
身体的特徴や能力などが似た個体同士がパートナーを形成する現象のこと。アソータティブ・メイティングともいう。身長や知能などでは同種交配が存在することが知られている。
※2 形質
その個体の持つ性質や特徴のこと。身長などの身体的な特徴や能力、疾患のなりやすさなどが含まれる。
※3 バイオバンク・ジャパン
日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクで、ゲノム解析が終了した人数は約20万人とアジア最大である。オーダーメイド医療の実現プログラム(実施機関:東京大学医科学研究所)。ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へのデータ提供や分譲を行っている(https://biobankjp.org/index.html)。また近年の大規模ゲノム解析の結果も公開され、利用可能である(https://pheweb.jp/)。
※4 集団遺伝学
特定の集団内における遺伝子の構成や頻度に対する遺伝学の一分野のこと。集団内や集団間の遺伝子頻度の時間的変化や空間的な分布を数理統計的に扱う。突然変異、遺伝的浮動、自然選択、集団構造などが変化のプロセスに関与する。
※5 集団構造化
対象集団内に遺伝的背景の異なる個体が混在し、完全に均一ではない状態のこと。人種、民族、地域などにより遺伝子頻度に差が生じることが原因となる。人種による遺伝子頻度の差が疾患と関連があるように見えてしまう偽陽性の原因となることがある。
※6 ポリジェニックスコア
大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS; ヒトゲノム配列上の遺伝子多型とヒトの形質との関係を網羅的に検討する遺伝統計的な解析手法)により形質との関連が示唆された多数の遺伝的バリアントを用いて個人ごとに計算される重み付き和のスコア。近年様々な集団で多くの形質を対象にこのスコアが計算され、集団内のスコアの分布と形質の分布や疾患発症リスクの関連が示されてきている。ポリジェニックリスクスコア、ポリジェニックインデックスと呼ばれることもある。
※7 相関
二つのデータに関わり合いが存在し、一方が変化すればもう一方も変化するような関係のこと。
※8 UKバイオバンク
英国全域の40~69歳のボランティア約50万人の人々から遺伝情報と表現型の情報が集められた世界最大規模の国家的な生体試料バイオバンク。世界中の研究者にリソースを提供しており、中高年で有病率の高い疾患(がん、心血管疾患、糖尿病、認知症など)を中心に様々な疾患の遺伝的・環境的要因の解明に貢献している。(https://www.ukbiobank.ac.uk/)。
※9 ホモ接合体
遺伝学では、ヒトのように両親から染色体を1本ずつ受け継ぐ二倍体生物のゲノムにおいて、ある場所の遺伝型がAA,BB,aa,bbのように同一である状態を指す。
※10 分散
統計学的な用語で、データの分布の広がりを表す指標。
※11 観察研究
研究対象集団に対して、治療などの介入を行わずに、ある時点でのデータを用いて解析を行い、観察値と結果の関係を調べる研究手法のこと。観察値と結果の関連は認めても、因果関係まで言及することは困難な場合がある。
※12 主成分分析
関連がある多数のデータをより関連が少なく、かつ全体のばらつきを最もよく表す指標へ変換する機械学習手法の一つ。データの次元を削減するために行われる。集団遺伝学においては遺伝子多型に適応することで、集団構造化を数値として、視覚的に捉えることができる。
※13 適応進化
生物が、世代を経るごとに環境に対応するために、性質を変化させていく現象。周囲の環境に適した遺伝的変異を持つ個体が集団内で増加することで、ゲノム配列の多様性に変化が生じる。
特記事項
本研究成果は、2022年9月23 日英国科学誌「Nature Human Behavior」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“Genetic footprints of assortative mating in the Japanese population”
【著者名】
Kenichi Yamamoto1-3, Kyuto Sonehara1,4, Shinichi Namba1, Takahiro Konuma1, Hironori Masuko5, Satoru Miyawaki6, The BioBank Japan Project, Yoichiro Kamatani7, Nobuyuki Hizawa5, Keiichi Ozono2, Loic Yengo8, Yukinori Okada1,3,4,9-11
【所属】
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
- 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
- 筑波大学医学医療系 呼吸器内科
- 東京大学医学部(脳神経外科学)
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 複雑形質ゲノム解析分野
- クイーンズランド大学 Institute for Molecular Bioscience
- 理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
- 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
【DOI番号】10.1038/s41562-022-01438-z
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム:B-cureのうち、ゲノム研究バイオバンク(旧:疾患克服に向けたゲノム医療実現プロジェクト(オーダーメイド医療の実現プログラム))、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発:GRIFIN「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
本件に関して、オンラインにて記者発表を行いました。