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iPS 細胞から作製した角膜上皮細胞シートの臨床研究開始について

3月5日発表

概要

大阪大学大学院医学系研究科の西田幸二教授(眼科学)らの研究グループは、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS 細胞※1)から角膜上皮細胞シートを作製し、角膜疾患患者に移植して再生する臨床研究計画(第一種再生医療等提供計画)を 2019 年 1 月 16 日に厚生労働省に提出しました。本臨床研究について、2019 年 3 月 5 日に開催された厚生科学審議会再生医療等評価部会での審議にて条件付きで承認を得ました。計画では、京都大学 iPS 細胞研究所から提供された他人の iPS 細胞から誘導した角膜上皮細胞を培養してシート状にし、角膜上皮幹細胞疲弊症※2 の患者 4 人に移植します。

研究の背景

角膜上皮の幹細胞が消失して角膜が結膜に被覆される角膜上皮幹細胞疲弊症では、角膜混濁のため重篤な視力障害が引き起こされます。これに対する治療として、ドナー角膜を用いた角膜移植が実施されてきましたが、本疾患では拒絶反応が高率に生じるため、成績は不良です。加えて、ドナー角膜はわが国を含めて世界的に圧倒的に不足しています。

このような課題を抜本的に解決するために、研究グループはヒトiPS 細胞を用いた角膜上皮再生治療法の開発を進めてきました。これまで本研究グループは、ヒト iPS 細胞から角膜上皮前駆細胞を誘導・単離する革新的な方法と、移植可能なヒト iPS 細胞由来角膜上皮細胞シートを作製する技術を世界で初めて確立しました(Natrue 2016, Nature Protoc 2017)。本研究グループが開発した培養系では、ヒト iPS 細胞から同心円状の4 つの帯状構造からなる2 次元組織体( Self-formed Ectodermal Autonomous Multi-zone:SEAM と命名)が誘導されます。SEAM の各領域には角膜上皮を含む眼の構成細胞(網膜、水晶体等)が規則正しい配向で誘導されます。研究グループはこの SEAM の3層目に誘導される角膜上皮前駆細胞を単離し、高純度かつ機能的な角膜上皮組織を作製する製造プロトコールの確立に成功しました。さらに、動物モデルへの移植により、ヒト iPS 細胞由来角膜上皮組織の治療効果と安全性を立証するとともに、種々の試験により iPS 細胞由来角膜上皮組織は造腫瘍性を認めないことなど、安全性を証明してきました。


図1.ヒトiPS細胞を用いた角膜上皮再生治療法の開発(他家移植)

 クリックで拡大表示します

本研究の計画

本研究では重症の角膜上皮幹細胞疲弊症患者に対し、他家 iPS 細胞由来角膜上皮細胞シート移植を行います。予定症例数は 4 例であり、最初の 2 例において iPS 細胞シートと HLA※3 型が不適合の患者に対して、免疫抑制剤を用いた移植を行います。12 例目の中間評価を行い、続く 2 例における HLA の適合、不適合および免疫抑制剤の使用の有無を決定します。本研究の経過観察期間は 1 年で、終了後 1 年間の追跡調査を行います。

本研究の主要評価項目は安全性であり、研究中に生じた有害事象を収集し評価します。加えて、副次評価項目として、角膜上皮幹細胞疲弊症の改善の程度や視力などの有効性を評価します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究において、ヒト iPS 細胞由来の他家角膜上皮細胞シート移植の First-in-Human 臨床研究を世界で初めて実施し、その後、治験につなげて標準医療に発展させることを目指しています。本手法は、既存治療法における問題点、特にドナー不足や拒絶反応などの課題を克服できることが革新的治療法となりえ、世界中で角膜疾患のため失明状態にある多くの患者さんの視力回復に貢献できると考えます。

用語説明

※1 iPS細胞
人工多能性幹細胞(iPS 細胞:induced pluripotent stem cell)のこと。体細胞に特定因子(初期化因子)を導入することにより樹立される、ES 細胞に類似した多能性幹細胞。山中伸弥教授らが、世界で初めて 2006 年にマウス iPS 細胞、2007 年にヒト iPS 細胞の樹立に成功した。

※2 角膜上皮幹細胞疲弊症
角膜上皮の幹細胞が存在する角膜輪部が疾病や外傷により障害され、角膜上皮幹細胞が完全に消失する疾患。角膜内に結膜上皮が侵入し、角膜表面が血管を伴った結膜組織に被覆されるため、高度な角膜混濁を呈し、視力障害、失明に至る。本疾患の原因としては、熱傷やアルカリ腐蝕、酸腐蝕、Stevens-Johnson 症候群、眼類天疱瘡などがある。

※3 HLA
ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen: HLA)。ヒトの主要組織適応遺伝子複合体(MHC)の産物で、自己、非自己を決定する因子。臓器移植時の拒絶反応の発現に HLA の適合度が関係する。

特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「再生医療の実現化ハイウエイ」(iPS 細胞を用いた角膜再生治療法の開発)および「再生医療実用化研究推進事業」(iPS 細胞由来角膜上皮細胞シートのfirst-in-human 臨床研究)の支援のもと行われました。

本件について、3月5日に記者発表を行いました。

 

 

【報道について】
3月6日 朝日新聞(朝刊7面)、読売新聞(朝刊1面)、毎日新聞(朝刊26面)、産経新聞(朝刊3面、26面)、読売新聞(朝刊36面)、日本経済新聞(朝刊42面)、秋田魁新報(朝刊29面)、日経バイオテク に掲載されました。