教授リレーエッセイ

開発途上国における研究を通して 保健学専攻 生体情報科学講座(病原微生物学) 山本 容正

保健学専攻
生体情報科学講座(病原微生物学)
教授 山本 容正

タイにおける新興・再興感染症研究の一環として健常人糞便中の薬剤耐性腸内細菌の 調査研究をここ数年行っています。きっかけは、ヘリコバクター・ピロリ菌 (Helicobacter pylori) の持つ病原遺伝子型が胃癌形成と密接に関連しているため、 糞便中に出てきたピロリ菌を細菌DNAとして回収し解析する研究を以前タイで行っていた 中から出てきました。タイを研究対象国としたのは、ピロリ菌の感染率が高いにも かかわらず胃癌の発生が極めて低いからです。ピロリ菌は胃の生検からのみ培養が可能で、 それ以外の検体からは現時点で培養ができず感染者で症状の出ていない人からの菌の 解析が困難です。従って、糞便中に出てきたピロリ菌のDNAを抽出しての菌の解析は 近年開発された優れた解析法となっています。ピロリ菌のDNAを選択的に抽出することは できないため、糞便中の全細菌DNAを抽出しこれを解析することになります。 この研究過程で近年注目されているESBL (extended spectrum β-lactamase、 βラクタム環を有するセフェム系抗生剤耐性)遺伝子がタイの健常人糞便中に極めて 多く見出されることが判明し、この方面の研究を新たに展開することになりました。

小生の今までの研究はラボ中心で外国の研究者との連携は欧米のみで、タイを 始めとする開発途上国(もっともタイのバンコクは他のアジア諸国の都市と比較すると 途上国とはいえない外観を呈していますが)との関わりは全く有りませんでした。 研究生活の主要部分をアメリカで過ごした者として、アジアにおける途上国を フィールドとした研究(ベトナムやモンゴルも最近の研究活動に入ってきました)は 研究以外においても種々の驚きと時によっては戸惑いを多々与えてくれます。 もっともアメリカから帰国赴任した後の日本における日々の大学での生活は大きな 驚きは無いものの意識のずれには戸惑いを感じましたが。

種々の側面を含む途上国との国際共同研究は、研究者の立場からすると純粋に 学問的科学的面を追及するあまり他の側面に対する視点が欠けがちとなります。 昨今の生物多様性条約会議(COP10)での途上国側の権利意識の高まりはこのような 側面を重視する必要性を訴えているのかもしれません。途上国との共同研究には 科学的な面ばかりではなく他の面も含んだ包括的視点からの取り組みが必要と なってきました。ラボに閉じこもっていた研究者がいきなり相手国側の、 特に政府関係者と共同研究に関する協議をすると誤解や摩擦が生じかねない 危惧を感じている今日このごろです。