教授リレーエッセイ

国民医療費増大と訴訟社会化との共通項 形成外科学 細川 亙

形成外科学
教授 細川 亙

2005年度の国民医療費の総額は33兆1千億円強であり、30年前の約6倍になっています。この額が多いか少ないかは別として、増大の原因を医療という面から分析すれば「高齢化」や「医療の高度化」などという要因が挙げられるでしょう。しかし、「就業者数の増加」や「利益率の低下」というような経済原理で説明することもできます。医業も他の職業と同じように売り上げがありそこから経費を引いた残りが収入になります。勤務医であっても(採算を度外視してよい施設で就業している場合は別として)長期的にみれば同様の原理で収入は決まると考えるべきでしょう。ところで医師不足が強調されているにもかかわらず日本における医療施設従事医師数はこの30年間に倍増しています。従って医師一人一人が30年前と同じ売り上げを上げようとすれば国民総医療費が2倍になるのは当然です。もし医療における利益率が低下している場合、医師一人一人が自分の収入を維持しようと行動すれば医療費はさらに増大します。医療における利益率について私は資料を持ちませんが最近の薬価や診療報酬の改訂を見れば利益率が低下していることは疑いもないでしょう。もし一人の医師が年1000万円の収入を得ようとしたとき、例えば利益率20%であれば医療費として5000万円の売り上げで足りますが10%であれば1億円を売り上げなければならなくなります。即ち医師の数が倍になり利益率が半分になりかつ一人一人の医師が自分の収入を維持しようとする行動を取れば総医療費は4倍になるのです。政府は国民医療費の抑制を課題として利益率を低下させていますが、(もし利益率を0ないしはマイナスにまで引き下げることまで考えているのでなければ)この政策は経済原理的に矛盾していることになります。

さて医学界から話は飛んで法曹界の話ですが、学生時代から法律に興味を持っていた私には気になる動きがあります。司法試験合格者を激増させていることです。司法試験合格者数は平成の初め頃まで年間500人前後の時代が永く続いていましたがその後徐々に増えて今では1500人程度となっており、今後はさらに3000人程度まで増加させる見込みで、医師数などとは比較にならない激増となります。司法試験合格者はその多くが検事・判事・弁護士になりますが、増加分のかなりは弁護士という職に吸収されていくと思われます。弁護士は訴訟や示談などによる賠償金額に応じて売り上げが上がりその一部が収入になるのですから激増する弁護士がこれまでと同等の収入を得ようとすれば紛争を増やし賠償金額を引き上げていく必要があります。医師数の増加による国民医療費の増大と同じ原理で同じことが法曹界でおこり日本は急速に訴訟社会と化していくでしょう。医療は近年訴訟のターゲットとして注目されつつある分野ですので我々も厳しい訴訟社会に身を置くことになることは間違いないと思います。

教授 細川亙
器官制御医学講座 形成外科学
教室の源流は皮膚科学教室のなかに形成外科診療グループが作られた昭和55年に遡ります。グループ長は当初、松本維明が務め、平成6年からは細川亙に替わりました。この診療グループが独立し、診療科となったのが平成11年であり、さらに平成13年には講座として認められ現在に到っています。