教授リレーエッセイ

癌の免疫療法について思うこと 保健学専攻 医療技術科学分野機能診断科学講座 杉山 治夫

保健学専攻
医療技術科学分野機能診断科学講座
教授 杉山 治夫

1970年代の頃、まだ医学生であった私は免疫療法によって癌を治せる のではないかという気運の高まりを強く感じました。当時は癌をより強く 異物化して免疫源性を高めようとする方法や、BCG-CWSなどの菌体成分を 投与する方法が盛んに研究された時期でした。丸山ワクチン論争も起こるなか、 こうした研究がどのように展開するのかと、ワクワクしていたことを思い出します。 その後、免疫療法は前評判のようには臨床効果が出ず、研究者の間でゆっくりと 失望が広がり、次第に無視され、忘れ去られました。

免疫療法が当時失敗した原因は2つあると私は考えています。その一つは MCHクラス㈵・㈼分子の役割や、自然免疫・獲得免疫の知見が十分でないまま、 scientificでない臨床試験が行なわれたということ、もう1つは、当時の 免疫療法は、抗癌剤療法をサポートするアジュバント療法との位置づけに固守し、 このコンセプトにそって実施した結果、抗癌剤による強い免疫抑制状態の中で 免疫療法を行なうというミスを引き起こしたことです。

その後、基礎免疫学の発展に伴い、癌免疫におけるMHCクラス㈵・㈼の役割が 近年明らかになりました。また、癌抗原ペプチドの設計、自然免疫での Toll-like Receptor系の役割解明など、近年は免疫応答機序にもとづいた 癌免疫療法を開発しうる時代を迎えました。癌の免疫療法は、その強弱は別として、 臨床的には明らかに有効であるとともに、基本的には重篤な副作用は出ないことが はっきりしてきたこともあり、科学的なProof of Conceptも集積されてきました。 さらに、化学療法と免疫療法は全く相容れず、敵対関係にあるというイメージが ありましたが、それは全く逆であり、免疫療法を先行し、十分な免疫能をつけた 状態で化学療法をおこなうと、相乗・相加効果が出ることがわかってきました (当然といえば、当然ですが)。今後は、両者の適切な組み合わせにより、 より大きな臨床効果を出しうることができればと考えています。

免疫療法は、外科療法、化学療法、放射線療法の三大療法につぐ第4の治療法と いわれるようになり、その臨床効果が確かなものになろうとしていますが、 一般的には未だに「次善の治療法」という認識が拭えないようです。 しかし近い将来では、まず最初に免疫療法を開始し、十分に免疫能を上げた後に 三大療法を行なうことが癌治療の主流となるでしょう。また、免疫療法は 静止期癌幹細胞を唯一死滅させることができると考えられているため、同じく 将来的には、癌が完治したと確信されるまで続けられるようなものになるでしょう。 世界の大手製薬企業が本格的に乗り出してきていることからもわかるように、 免疫療法は三大療法と肩を並べるような治療法になると考えています。