教授リレーエッセイ

もの造りの大切さ 保健学専攻 医用物理工学講座(医用磁気共鳴学研究室) 藤原英明

保健学専攻
医用物理工学講座(医用磁気共鳴学研究室)
教授 藤原 英明

日本人は器用で、ものを作らせたら世界一とよく言われる。多分、この評価は 現在も妥当と思うが、最近ときどき、将来は大丈夫か?と感じることがある。 私が大阪大学(薬学部)に赴任したのが1976年であるが、当時の学生に 「趣味でラジオを作ったことがあるか?」とか、「半田ごてやのこぎりを使った ことがあるか?」と聞くと、各人各様に何らかの経験は持っていたように思う。 その頃に修士課程に入学した院生には、(電気)回路工作に得意な者がいて、 実験で使う大型装置(NMR装置)の補助的な機器を作り実験を一緒に楽しんだものだ。 ちなみに、彼は博士後期課程終了後、ME(Medical Electronics)が得意と言うことで 某製薬メーカーに就職し、セルソーターを使った生化学実験の道に進んだ。

私自身は、大学では化学を中心に学び、当時、化合物同定の強力なツールとして 普及し始めたNMRに将来の発展の魅力を感じ、それを学ぶために大学院では 物理化学的な講座に入った。その講座は、市販のNMR装置が日本で初めて輸入 設置された研究所で(阪大産研には翌年度に2号機が入った)、日本のNMRの 草分けと言えた。 最初に導入されたNMR装置を首尾よく運用するため、大変な苦労を経験した話を 聞いた。電磁石の磁場の安定性を確保するため、電源電圧の変動を抑えたり、 室温を高精度で安定化するなどから、繰返し測定を行い化学シフト測定の精度を 上げる方法など、今では自動化の一言で済むことが当時としては大変な問題で あった。 この問題解決のために、回路工作を連日やることになったり、試料調整では 空気に触れないでNMR試料管にサンプルを溶封するために、ガラス細工の練習から 真空ラインの組み立てまで、先輩や先生から鍛えられたものである。 このような「もの造り」は、完成品がきちんと動いた時には実験の大きな喜びを 与えてくれた。しかし、大学院生の後半に感じたことは、もの造りに没頭すると 論文が出せなくて、修了や就職の際に評価につながらない恐れのあることであった。

最近になって(約10年余り前)、超偏極希ガスを用いたNMRやMRIが、 医療や保健学(健康を保つための学問)に貴重な診断ツールあるいは医薬品開発 支援ツールとして世界的に注目され始めた。この手法によれば、HeやXeガスのNMR/MRI感度を最高で10万倍程度まで向上できるので、密度の低いガスでも画像化が可能となる。例えば、吸入したガスの画像化により肺空洞の直接観察 あるいは吸入ガスの動的観察が可能となり、肺機能評価に新展開が期待できた。 高感度化の重要性は大学院生の頃に身にしみて感じていたので、1995年に 保健学科に移った後の研究テーマとして、超偏極希ガスNMR/MRIに取り組むことと した。当時、市販の偏極装置は無かったので、全て自作するしかなかった。まず、 産総研との共同研究で行った偏極実験から、その有効性・将来性に感触を得ること が出来たので、試作に取り組むこととした。しかし、新設学科で設備や予算が 限られ大学院制度が学年進行で整備される状況では、発展途上の新しいテーマに 取り組むにはパワー不足であり、外国の後追い研究になることは目に見えていた。 この状況を救ってくれたのが、大学院生の頃に鍛えられた「もの造り」技術で あった。「実験に必要なものを必要な時にその場で造る」ことが出来たので、 超偏極装置の試作が面白いように進んだ。そして、この1,2年では、世界に 肩をならべる研究をすることが出来る!との自信を感じることができるように なった。まさに、芸は身を助くである。残された時間は限りあるが、 超偏極希ガスMRIが喘息・肺気腫・COPD・肺ガンなど肺疾患の早期診断・治療に 本当に役に立つことを実証したいと願っている。

若い頃は、基礎技術習得に時間のかかる「もの造り」から始めるよりも、 市販の最新機器を使って新しいデータを収集し、数多くの論文を読み、 少しでも新しい解釈論を展開すれば、多くの論文が書けて、しかもインパクト ファクターの高い雑誌にアクセプトされるのではないか?と感じたこともあった が、還暦を過ぎた今になって、ようやく研究者の基本に辿り着いた気がする。 「もの造り」も単に作るだけではなく、学術価値あるいは産業価値のあるものを 作る必要がある。「もの造り」が完成したときに、特許などの優先権が取れるか? 取った特許が実用に供されるか?は常に頭の片隅に置いておかねばならない。

以上の自己体験を若い人に伝え、「もの造り」の大切さを多くの若い人々に 理解してもらいたいと思っている。冒頭の疑問に戻るが、将来の日本の 「もの造り」には、私は決して悲観的ではない。それは、学会や講習会・ セミナーなどで、装置の自作・改良の話題が、以前に増して、増えているからで ある。これからも若い人たちに「もの造り」を奨励し、若い人たちの 「もの造りへの挑戦」を温かく見守りたいと思う。