教授リレーエッセイ

ゆらゆらすること 組織生化学 妻木 範行

組織生化学
教授 妻木 範行

私は骨・軟骨の研究をしています。マウスの胎児の全身の骨・軟骨は骨格標本を作る方法できれいに染めることが出来ます。骨格標本を顕微鏡で見ると、それぞれの骨・軟骨は運動に適するようにとても細かなところまで機能的な形になっているのがわかります。形があまりに見事なので、その作り方の全てが遺伝子にコードされていることを考え合わせると感動的です。人類の祖先が600万年以上前に直立二足歩行を始め、natural selectionを重ねて現在の高効率な二足歩行を可能にする骨・軟骨の形を作る遺伝情報を我々は持つに至っています。今の我々と同じ骨・骨軟骨の形になったのはホモ・サピエンスが出現した20万年前とされています。人類は何百万年前からつい最近まで、狩猟と果実などの採集(hunter-gatherer)で野原を毎日7-8 km歩いたり走ったりしていたとの推測があります。即ち、毎日7-8 km歩く状況に適する様に我々の遺伝子配列は変化してきました。

卒業して若い頃は建物の中であっても診療や実験でよく立ち歩くと思います。しかし、年と共にデスクワークが多くなり、椅子に座っている時間が長くなりがちです。私は1年前に大阪大学に着任し、先生方のおかげで教室のセットアップができました。その前は、京都大学iPS細胞研究所に10年間在籍しました。そこで得たことの1つは、職場の雰囲気につられて始めたジョギングの習慣です。大阪から京都へ電車通勤していたので通勤での歩行をたして、6-8 km/日歩いていたことをスマホのヘルスケアアプリが教えてくれます。

私は膝や腰の疾患の再生治療の研究をしていますが、膝痛や腰痛の原因は骨・軟骨の構造の異常ばかりで無く、原因が良くわからないものがあります。最近読んでなるほどと思った本は、Vybarr Cregan-Reid著「Primate Change: How the world we made is remaking us.」です。この本から理解したところは、椅子が発明されて一般に広まったのはここ100年で、数百万年かけて作られた我々の遺伝子配列は椅子に座るに適した人体構造を作るようにはなっていない、ということです。著者自身、腰痛に悩まされていたが、椅子に座る時間を減らして日に7 km歩くようにすると腰痛が軽減したそうです。そして、野原を歩き回っていた何百万年間、ヒトは静止していなかった;誰かとしゃべるときも体のどこかを動かしていただろう;「正しい姿勢」などというものは無く、常にどこかの関節を動かして、ゆらゆらしているのが体にとって適切な状態である、とあります。阪大では車通勤を始めて通勤時間が減ったので嬉しいのですが、そのぶん歩行距離が減りました。ジョギングを増やすのはつらいので、体をゆらゆらさせることにしました。この原稿をPCに向かって書いている今もです。座っているとき、話しているときにゆらゆらしている私をみても変だと思わないで下さい。

 

教授 妻木 範行
生化学 分子生物学講座・組織生化学
骨格は軟骨から作られ、軟骨には関節軟骨と成長軟骨があります。関節軟骨の異常は、関節運動障害を、成長軟骨の異常は骨格の成長障害を引き起こします。これら軟骨疾患の治療は難しく、長年にわたりチャレンジングなテーマです。当研究室では生化学、分子生物学、組織学の技術を用いて、軟骨の形成・分化を制御するしくみを調べ、軟骨疾患の病態解明を試みています。そしてiPS細胞技術を使った新しい軟骨再生治療と創薬開発を行っています。