教授リレーエッセイ

小児科医の子育て 小児科学 北畠 康司

小児科学
教授 北畠 康司

小児科医とはこどものエキスパートである。
循環器内科医や心臓血管外科医が心臓に関する達人であり、眼科医が眼についてのスペシャリストであるがごとく、小児について知りたいならば小児科医に尋ねるに如くなし。小児科医自身にもその自信とプライドがあるからこそその言葉に重みが出るのであるから、こればかりは譲れない。

ところが、である。
「育児」については、我々はなにも教えられたことがない。講義で聞くこともなければ標準小児科にもNelsonにも書かれていない。国試にも出題されず、もちろんOSCEやCBTで聞かれることもないだろう。であるのに、外来では両親から育児に関する様々な質問を受け、我々はなんの裏づけ(エビデンス)もなく推測に過ぎない意見を披露する。さらに悪いことに、このいい加減な言葉に対して全幅の信頼をもって傾聴してくださる。自分が小児科医になるまではそれが当たり前と思っていたが、さてこちら側の立場に立ってみるとあまりに面映ゆい。とはいえ今さら教育本を読みあさるのもなんとなく違う気がするし、そもそも解剖学や細胞生物学とは違い、育児に唯一絶対の正解というものがない。

というわけで私としては、自分自身の育児経験に、診療現場で出会う様々な親子から聞き出して得た経験則(これだけは数もバリエーションもだれよりも多いと自負できる)を付け足して、精一杯のアドバイスをする。健常児、障がい児、突然の発病に見舞われたこどもたちなど多くの事例からできる限り演繹を行い、どこかに一般的・普遍的な答えはないものかと悩みながら日々過ごすこととなるのだが、歳を取るとともに言うことが茫洋とした風景となり始め、「どう育てればいいんでしょうか」「なにも心配は要らん、そのままでいいんじゃよ」と悟りきった高僧のような答えをしてしまうことがある。

一方で、私自身は3人の子育て真っ最中で(高1、中2、幼稚園)、いつものご立派なご高説もどこへやら、ときには目いっぱい叱りつけてしまって後で反省することしきりである。外来での君子ぶりなど、恥ずかしくてとてもうちの妻とこどもたちに見せられない。情けなくて自信も失いがちになるが、ある日、当時中1だった長男がドラえもんを見ながら「一番あかんのはのび太のお母さんや」と突然つぶやいたのには驚いた。なぜかと聞いてみると「ただ叱ってるだけだから」と言う。叱る前に勉強の方法を教えるべきであり、また本人にやる気が出ないのなら一緒に横についてあげないといけない。それなのに彼女がそれらしいことをしている場面を見たことがないから、らしい。(おお、すごいなおまえ)と感心しつつ、うちの育児もそれほど間違ってないんじゃないの、とお気楽な安心感に包まれてしまった。小児科医の子育てと言っても、所詮その程度の頼りないものなのである。

ところで昨日、うちの末っ子が幼稚園からチラシを持って帰ってきた。Netflix配信の新しいウルトラマン映画である。表紙にはいまどきのウルトラマンと、その背中に怪獣の赤ちゃんが乗っている。ウルトラマンもついに子育てをするらしい。地球を守りながら育児に奮闘している者(?)もいるのだから、世の男性たちもがんばれという叱咤激励なのか、それとも今どきそこに驚いているあたりがすでに遅れているのか分からないが、ともかく育児は怪獣以上に大切で、たいへんなのだ。
地球人のみなさん、がんばれ。

 

教授 北畠 康司
情報統合医学講座・小児科学
大阪大学小児科教室の使命は「基礎医学研究」「臨床診療」「次世代育成」の3つと考えます。最先端技術をもちいた小児難治性疾患の研究を進めるとともに、豊かな経験と深い知識によって臨床現場を支えていきたいと思います。そして若手医師、大学院生、学生に対しては、深い愛情と熱意を持って指導を行っていくつもりです。地域医療を根元から支え、小児医学研究の新たな可能性を世界に発信することのできる“力強い小児科教室”を目指します。