教授リレーエッセイ

保健師資格の危機 保健学専攻 統合保健看護科学分野 総合ヘルスプロモーション科学講座 荒木田 美香子

保健学専攻
統合保健看護科学分野 総合ヘルスプロモーション科学講座
教授 荒木田 美香子

私は学部教育では主に、保健師の育成に関わっています。この2−3年は保健師教育の難しさをつくづく感じています。日本では、保健師、看護師、助産師が看護の3職能として認められています。看護師は世界各国に存在しますし、助産師の資格を設けている国も多いのですが、保健師は日本独特の資格です。保健師という資格は無くても、全世界でヘルスプロモーションは展開されていますし、保健所や保健センターの機能を果たす公衆衛生機関も存在しています。そして、多くの場合、そこで看護職が働いています。しかし、そこで働く看護職は看護師の資格を所得した後、さらに公衆衛生や関連する専門的内容の研修を受け、資格を取った専門職です。「難しい」と感じている理由のひとつは、保健師という日本独特の制度であり、まずその資格を理解してもらわなければならないという点です。

さらに、養成数の問題もあります。日本の看護系大学は昭和49年には6校程度でしたが、平成19年には158校に急増しています。保健師は看護系大学が増える前は、1年間の専門学校で育成されることが多かったのですが、今ではほとんどすべての看護系大学で4年卒業時に保健師と看護師の国家試験の受験資格を得ることができます。ですから、年間3000人程度の保健師国家試験の 受験数で維持していたのが、看護系大学の増加に伴い平成19年には合格者が11029人になっています。保健所、市町村保健センター、産業保健(事業所、労働衛生機関)といったところが主な就職先ですから、雇用需要が一気に増加するはずはありません。多数の保健師を養成しているのに、その20%〜25%程度しかその職業に就けないという状況なのです。

また、教育内容の問題もあります。本来、保健師は医学、看護学、社会福祉、ソーシャルワークなどを基本的知識として持って活動する職種です。これらの内容が、4年間で育成できるのか、3週間程度の保健所や保健センターでの実習で技術を教えることができるのかということです。医療の高度化に伴い、看護師の教育もその内容が増えています。そのことは保健師も同じで、社会の変化に伴い保健師が扱う問題も複雑化していて、高い技術が求められています。

現在は、保健師の卵のような新人を長い期間にわたり手をかけて現場が育成してくれているのですが、そのような余裕がなくなっているのもまた現実です。 大学における保健師教育をどうするのかという問題と共に、新人研修を制度化していくという両面から考えていかなければ、保健師の資格の実態がなくなってしまうのではないか、保健師の危機だと感じています。