教授リレーエッセイ

医工融合と光医療 保健学専攻医用物理工学講座医用光学研究室 春名 正光

保健学専攻
医用物理工学講座医用光学研究室
教授 春名 正光

医工連携/融合というと、まるで両極端にある科学技術を統合して新規な技術分野を創り出すというように説明する先生方が多いようです。しかし、筆者のように、20年余に渡って工学部で光を扱い、現在は医学部で光医療技術を育てている者にとって、医学と工学は決して両極端にある科学技術とは思えないのです。ヒトを介在して、医学と工学はまさにお隣さん同士の科学技術であると思っています。工学はヒトに常に新たな技術を提供することによって、ヒトに豊かさと幸せを具体的な形として実感させる技術です。一方、あえて言うまでもなく、医学はヒトの生命維持機能を科学し、これをもとに病魔からヒトを守る技術です。このように、工学と医学はヒトの一生を両脇から支えるために、共に必要欠くべからざる科学技術なのです。

工学と医学の異なる点は、技術に対する価値観にあります。医学では病魔からヒトを解放するという一点に全ての知識と技術を集中します。より治療効果の高い技術、より正診率の高い技術が求められます。これに対して、工学ではヒトに豊かさと幸せを形にして実感させることが大切な目標であることは間違いありません。これに加えて、工学には、世界に先駆けて新たな技術を開発し、これによって産業を興して大きな市場を開拓し、自国に多大な利益をもたらすという使命があります。明治維新以降、欧米の模倣をしながらも、今日までわが国は技術立国として生き延びてきました。しかし、21世紀に入り、青少年の理工離れが著しく、技術立国日本もずい分とあやしくなってきました。

それでは、今なぜ医工融合なのかを考えてみましょう。医学と工学を合体して、新たな医療技術を開発することは大変分かりやすい目標ですが、これは既に1970年代から実践されています。X線CTは英国EMI社のG. Hounsfieldという工学技術者が開発したものですし、理学分野における核磁気共鳴なる技術が医学分野でMRIとして開花したことは周知の事実です。医工融合の真の目的を考える上で、21世紀は重要な意味をもちます。あと10年を待たずに、わが国では65歳以上が総人口の25%を越えて超高齢社会を迎えます。医療は病院・医療機関にとどまらず、地域・職場・家庭へと広がっていきます。いつでも誰でもどこでも手軽に使えるユビキタスな医療機器や医療情報ネットワークの需要が年々増大します。家電製品や携帯電話と同じ感覚で使える健康・医療機器や情報網が求められます。このように、ユビキタス医療は広大な市場を形成し、この需要に応えるには新たな医療産業を育成することが急務なのです。高度先進医療でも個々に適合するテーラメード医療の重要性が増大します。超高齢社会では、工学技術の展開と同様に、医療技術の開発を新たな医療産業の育成に結びつけ、この分野でも世界に冠たる技術立国としての地位を築くことが大切です。20世紀後半、日本は半導体をはじめとするエレクトロニクス分野で世界をリードしてきました。このノウハウを最大限活かして、21世紀には医療産業でも世界をリードすべきです。このように、工学産 業分野で培った知識と技術を医療に取り入れることが21世紀の医工融合の要点であると考えています。

もう紙面も残り少なくなってきました。最後に、筆者の研究の一端を紹介させていただきます。光干渉技術をベースとして、生体表皮下1〜2ミリの深さで約10ミクロンの分解能で断層光イメージが取得できます。これを光コヒーレンストモグラフィ(OCT)と呼び、眼科の網膜診断に利用されております。筆者等はOCTで生体表皮下のエクリン汗腺や末梢血管の動態観察を行い、交感神経の興奮状態の評価や血管の老化予測の指標抽出を試みています。ここ数年の研究で、皮膚生理機能のダイナミクスに関してずい分多くのことを学びました。この中で、指先の汗腺は表皮直下でらせん状になっています。生体の構造、機能に一切の無駄はないと信じていますが、何故エクリン汗腺がらせん状であるのか、今もって明解な答は見つかりません。余談はさておき、筆者はこのOCTを特定の診断を対象として性能アップを図り、かつ小型・低価格化して、ユビキタス医療機器として発展させたいと願っています。これはまさに医療における工学的発想ではないでしょうか。