教授リレーエッセイ

3年ぶりの海外渡航 公衆衛生学 川崎 良

公衆衛生学
教授 川崎 良

随分と長い間しまっていたパスポートを探し出し、学会参加のためにスペイン・バレンシアへ足を運んだ。あの見えないウイルスが猛威を振るい始めた2020年1月を最後に、国際学会はキャンセル、全てがオンラインの画面越しになって久しい。準備には意気揚々と取り掛かったものの、航空チケットやホテルの料金の高騰に、少しばかり時代に取り残されてしまったような気分になった。出発の日、久しぶりの海外渡航を歓迎するムードはなく、雨雲の中で出発が遅れた。乗り継ぎ便を逃し、結局パリ・シャルル・ド・ゴール空港で半日ほど時間を潰すことになった。久しく感じることがなかった緊張感と眠気の中、ようやく見つけたベンチで、私は初めての海外旅行を思い出していた。

米国コロラド州デンバー。私が学生だった頃、姉が住んでいたその街を目指し、初めて海外旅行をした。当時も携帯電話はあったけれども、今みたいにスマートなものではなかった。飛行機の隣の席に座った見知らぬ人との会話が新鮮だった。ホットドックスタンドでは、「ザワークラウトをつけるのか?」という質問の意味が分からずしばらく困惑した。エステス公園で見たヘラジカは、奥行きのある山並みを背に、あたかも時間を止めるかのようにどっしりと佇んでいるようだった。今となっては、海外に行くとなればネットで事前に入念な下調べをするが、そのためか現地での感動がやや割り引かれてしまう気がする。スマホで鮮明な写真を撮ることができても、記憶の中の画像はどこかぼやけてしまう。情報が限られている中で恐る恐る新しい土地に足を踏み入れる高揚感と不安が混じった感情は、新しいことを始める時にふと現れて、背中をそっと押してくれるような気がしている。

海外渡航の醍醐味は、地域固有の生活様式、価値観、習慣などを直接体験すること。その土地に暮らす人々の考え方や行動に自国との違いを感じる一方、国を超えても変わらないものが何かを知ることもできる。新しい人々との出会いは、視野を広げ、新たな考え方や価値観を学ぶきっかけになる。一時的であれ、日頃の習慣や常識から離れ、海外で過ごす時間は新しいアイデアを得る絶好の機会にもなる。日頃当たり前にできていることが、当たり前にできないもどかしさは、旅行者への眼差しを優しくする。学会で出会う研究者の中には、異国でも同じことを考えている人がいたのだ、と一気に会話が弾み、その後の共同研究につながったこともある。

3年ぶりの海外渡航の途上で懐かしい思い出に耽っているうちに、ようやく乗り継ぎ便が来た。

 

教授 川崎良
社会医学講座 公衆衛生学
当研究室の源流は初代教授関悌四郎先生に遡ります。わが国の衛生状態の改善、急性感染症の低下、生活習慣病の増加と変遷に伴い、公衆衛生学の対象とする疾病も変化してきました。現在は循環器疾患をはじめとする生活習慣病の予防活動、疫学研究と、その世界展開に取り組んでいます。