教授リレーエッセイ

日本のおもてなしと過剰サービス 免疫細胞生物学 石井 優

免疫細胞生物学
教授 石井 優

先日、ボストンからの帰国の際に、接続便(ボストン→シカゴ)が機体不良のため急遽キャンセルになった。案の定、ゲート前のカウンターは乗客が便の変更を求めて大混乱に。私も帰国翌日にどうしてもはずせない用事があったので、帰国便に間に合う次の接続便を求めて列に並ぶもなかなか前に進まない。ゲート係員は全く急ぐ様子もなく悠長な対応で、このままだと次の接続便にも間に合わない。どうしよう。少しイライラしてきた。ところが周りを見ると、他の乗客はそれほどイライラしていない様子。談笑しながら大人しく列に並んでいる。日本ならこの状況だと、係員は平謝りで大慌てだろうし、乗客の中にも、言っても仕方がないのに「どうしてくれるんだ!」とか怒り散らす“モンスター・カスタマー”がきっと出るだろう。でもそんな人はいない。そうか、思い出してきた。これがアメリカだ。

私も以前アメリカに留学した頃、当初はそのサービス業の劣悪さに閉口したものだった。研究室の秘書、銀行の窓口、マクドナルドの店員・・・本当にひどい。スマイルは0円ではない。みな特別な気遣いは一切なく、自分の仕事を自分のペースでやっているだけ。でもしばらくアメリカにいると、これが段々快適になってくる。逆に言えば、自分も周囲に必要以上に気を遣う必要がないということだ。 他者への“おもてなし”の心を尊重する日本では、同時に他者から“おもてなし”されることも期待する。この傾向はサービス業において顕著であり、過剰サービスの提供が、その期待へとつながる悪循環が形成されている。機内ですぐに怒鳴るモンスター・カスタマーはその好例(悪例)であろう。日本のエアラインは明らかに過剰サービスである。CAはあんなに気を遣わなくてもよいと思うし、機内アナウンスも過剰だ。「飛行機が揺れましても全く支障ございませんのでご安心下さい」なんて、無意味である。第一、全く支障はないなどと言い切れるものではないし、そもそも安心感は他者から与えられるものではない。

いろいろ考えているうちに、次のシカゴ行き接続便が離陸してしまった。ああ、間に合わなかった。仕方がない、翌日の予定をキャンセルしよう。そもそも、飛行機で旅行する時点でこういった事態は含みリスクなのだ。私自身も気を遣いすぎているのかもしれない。どうしてもはずせない用事なんてない。今日はシカゴで一泊か。久しぶりにシカゴ美術館に行って、その後スペアリブでも食べようか・・と考えていた頃に、ようやく係員応対の順番が回ってきた。今からだと、DC経由なら今日中に日本に戻れるらしい。そうか、としばし逡巡し、ではそれでお願いしますと、一気に現実に戻ることに。

日本的な他者への気遣いの重要性は理解するものの、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」。特にサービス業では、過剰サービスを期待する(受ける)側、期待される(提供する)側、双方とも疲弊させ、社会の高ストレス化につながっているのではないか。医療の場も「患者様」と呼ぶようになって、何か変になってきたような気がする。

教授 石井優
感染症・免疫学講座 免疫細胞生物学
当研究室の源流は、大阪大学医学部附属癌研究施設・腫瘍代謝部門(初代:松本圭史教授,2代:北村幸彦教授)に遡ります。その後、附属バイオメディカル教育研究センター・腫瘍病理部門,医学系研究科/生命機能研究科・免疫発生学教室(3代・先代:平野俊夫教授)を経て、現在に至っております。